ID:36592
和田真由子「火のための枠」 Mayuko Wada "frame for flame"
Venue
児玉画廊 | 東京
KodamaGallery | Tokyo
Period
2013年3月2日-4月6日
Exhibition Outline
和田真由子「火のための枠」 ワダマユコ「ヒノタメノワク」
Mayuko Wada "frame for flame"
児玉画廊|東京では、3月2日(土)より4月6日(土)まで和田真由子個展「火のための枠」下記の通り開催する運びとなりました。
和田は京都市立芸術大学在学中の2009年、Kodama Gallery Projectにおける初個展「ヨットの習作」にてデビューし、2011年の個展「ドローイングの絵」(児玉画廊|京都)においては、自身の制作テーマを客観的に分類/考察し総括的に見せる展示内容で非常に大きな反響を呼びました。2012年は国立国際美術館「リアル・ジャパネスク」展、兵庫県立美術館「現代絵画の今」展など、ミュージアムショーへの招聘、そして、本展覧会と同時期(3/15-3/30)には上野の森美術館で開催される「VOCA2013」への選出と、精力的な活動を続けています。
まず和田の作品を前にして念頭に置かねばならないのは、和田の制作テーマが「イメージの具現化に対する考察」であることです。ここで言う「イメージ」とはすなわち、頭の中に浮かび上がる何らかのビジュアルイメージのことです。例えば、馬を一頭想像するとします。すると、人によっては漠然と、頭首胴体があって、足が4本、尻尾に鬛といったシルエットが浮かんでくるでしょうし、またある人には鋭い嘶きや馬蹄の響き、あるいは疾駆する動的なイメージが思い浮かぶかもしれません。和田の場合には、馬が頭を左に向けた姿勢で、左前足の奥には右前足があり、その中間に胴体部分がある、といったように前後の位置関係やパーツの構造的な重なりとして想像します。この頭の中にあるそのままのイメージを如何にして形にするか。そのために和田がとった手法のーつが、ビニールシート上に透明メディウムでパーツごとに描き分けるという方法です。まず一番奥にある右前足のパーツを描いて、その上に胴体を重ね描き、その上に左前足を更に重ねていく、という具合です。素材の透明感を利用してパーツの重なる前後関係をスケルトン状に見せることで、和田が頭の中で見ている馬と近い状況を作り出そうとしたのです。そのような、原初イメージをできるだけ忠実に、独自の理論と手法により実体化させていくプロセスのことを「イメージにボディを与える」と和田は言います。
通常絵を描く時には、想像や実物を基にして、それをディフォルメするにせよ写実的に描くにせよ、人が見てそれと分かるように均整をとったり似せるように補正を加えたりします。それに対し、「イメージにボディを与える」ということは、そういった補正を排除して、最初にイメージされた状態を忠実に形にするということです。過去の和田作品にもよく見られる、木製パネルにニスや絵具をレンガブロック状に塗り重ねて平面上にあたかも実際の施工の様に建物を建てるという作品や、ビニールシートやベニヤ板などをおおらかな形で組み合わせてざっくりとモチ一フの形を表し、スタディとしてのドローイングの手法を立体構成に応用した作品など、作品の主旨と形態(平面や立体といった区別)とが矛盾しているように思えるものも、この「イメージにボディを与える」という考えに沿えば理解の糸口が見えてきます。
和田の作品に関しては、「平面」「立体」という区別について少し考えを新たにしなくてはなりません。見た目がタブローだから「平面」であるとか、アッサンブラージュ的なものが「立体」であるとは限らないのです。それは作品タイトルを見るとより分かり易いでしょう。和田の作品タイトルはその作品の本質を表すもので、例えば「ドローイングの絵」「建物の絵」などといった場合、その意味合いは「ドローイングをするときのようなモチーフの瞬間的/即興的な捉え方に則った絵画的表現の作品」であり、「建物の立体的な構成を有していると認識されるように描かれた絵画的表現の作品」ということになります。或は「建物」「ツバメ」などといった表現では、「建物を建てる手順に則って立体的な構成を具体的に認識できるように平面上に構築した作品」であり、「ツバメをイメージし、そのイメージ内におけるツバメの立体的構造および存在感を出来る限り忠実に再現した構成物」という具合になります。つまり、「建物」は見かけ上平面であるが立体作品、「建物の絵」はあくまで建物をモチーフとした絵画的表現、ということで、同じようなモチーフの平面上の作品であっても両者は概念上全くの別物となるのです。和田の「平面」「立体」の区別は、見た目の「平面」「立体」ではない、ということです。
もうーつここで重要なことは、和田にとって「絵」という言葉が、「絵画的な表現」という意味である点です。「絵画的」というのは(平面/立体を問わず)遠近法や透視図法、明暗法などのいわゆる「イリュージョン」に依った作品表現を指します。作品によっては敢えて「イリュージョン」を比較対照的に取り入れるということをしていますが、和田の制作目的はこの「イリュージョン」とは明らかに方向を違えています。イメージに対して忠実である事、この単純なことこそが和田の最大の望みであり、であるからこそ、和田にとって「イリュージョン」とはその語意が示す通りあくまで「錯覚」であり「幻影」なのです。
「火のための枠」という今回の謎めいた展覧会タイトルも、そういう視座に立てばこそ、―つの新たな道を示すものと理解されるでしょう。「イリュージョン」でイメージの本質が掴めないならばと、それに頼らない表現を様々に試行してきました。とはいえ和田にとってイメージというものはどこまで行っても雲を掴むようなもので、であるからこそどうにかしてそれを忠実に再現しようと切望するのです。それ故に、「イメージにボディを与える」という行為を具体的に示すために、これまで選んできたモチーフは敢えて一般的で具体的な題材、「馬」「鳥」「建物」「ヨット」といった言うなれば誰もが形を想像し易いモチーフであったと言えます。今回の展覧会ではーつ歩みを進めて、「火」のようなもの、つまり存在は認識できるけれども形を固定できない曖昧な(良く分からない)ものをイメージの比喩として作品の主題に置く、ということなのです。そして、その曖昧さをそのまま保持し収めるための台座あるいはフレームのような役割を作品に与えてみよう、というのです。イメージされた「火」によって木を燃やそうと試みる、あるいは、「火」のような曖昧な存在感のイメージを曖昧なまま具現化する、といった作品を発表します。具体性ではなく曖昧性によってイメージを捉え、それをそのままの形で表現する、和田の新しい挑戦です。
物体に固有な形状、形骸化した美術様式、あくまで幻想でしかない絵画技法、それらは和田の「イメージの具現化」という主題の前に瓦解します。自らのイメージの姿と正面から向き合い、愚直なまでの表現によって未だ誰も見た事のない作品を生み出そうとする和田に対して、荒唐無稽と一笑に付すよりも、我々はつい何を見せられるものかと期待してしまうのです。
- Closing Days
- 日・月・祝
- Opening Hours
- 11時 ~ 19時
- Exhibition Website
- http://www.kodamagallery.com/wada201303/index.html
Events
オープニング:3月2日午後6時より
Access Information
児玉画廊 | 東京 コダマガロウ | トウキョウ
KodamaGallery | Tokyo
- Address
-
〒108-0072
港区白金3-1-15 - Website
- http://www.kodamagallery.com/
Created Date:2012.11.27