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国立新美術館のお仕事探訪 ~インターンが聞く!バックヤードインタビュー~ Vol. 2 学芸課:教育普及室編

国立新美術館のお仕事探訪 ~インターンが聞く!バックヤードインタビュー~ Vol. 2 学芸課:教育普及室編|国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

Vol. 2 学芸課:教育普及室編

インタビュイー:教育普及室室長・真住貴子主任研究員

≪真住室長が担当した展覧会/ワークショップなど≫
「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」(パリ、東京、大分へ巡回)、
「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展」(2015、東京、神戸、ヤンゴン、バンコクへ巡回)、他。
吉本直子によるワークショップ「日々の亡霊」、
三原聡一郎によるワークショップ「六本木の美術館をたっぷり聞いてみよう―想像する音、創造する耳」、他。

真住さんが所属している教育普及室での普段の業務内容を教えてください!

私は教育普及室(以下、普及室)に在籍しつつ、仕事は教育普及と企画展の仕事を同時並行でやっています。普及室で行っているのは館内調整が多いですね。館内で教育プログラムを開催するとき、新美は様々な部署があり、そこへ協力を仰いだり許可をとったりする必要が出てきますが、協力してもらえるような体制を整えてから、普及室のメンバーが具体的に企画を進めていきます。最初の露払いのような役割でしょうか。

また、教育プログラムを進める上で、お客様の安全性が担保されているか、準備に漏れはないか、内容が独りよがりになっていないかなどをチェックします。例えば、夏の暑い日は熱中症にならないよう配慮したり、車椅子で参加される方がいる場合、その方が参加しにくい環境にならないよう気をつけたりなどです。プログラムは私も企画しますが、基本的には普及室のメンバーに進めてもらって、プログラムの中の気をつけないといけない特殊な部分を注視しています。

写真
△アーティスト・ワークショップの様子(講師は関口光太郎さん)

学生時代から美術の世界に興味があったのでしょうか?

もっと前ですね。幼少期から、紙と鉛筆があれば、絵ばかり描いているような子でした。中学の美術部で本格的に油絵を描き始めましたが、美術館に通い始めたのも同時期でしたね。「描く」という行為と「見る」という行為が、13歳頃から同時にスタートしたという感じです。美術館で本物を見られるのが嬉しくて、夢中になってよく見に行っていたので、成長してから絵描きになるために美大を目指すのも自然な成り行きでした。もっとも、大学ですぐに才能のなさを自覚して、作家への道は早々に断念したのですが。

今は教育普及でお仕事をされていますが、もともとそういう仕事をしたいというビジョンはありましたか?

就職をどうしようかと悩み、作家以外でなにか美術に関わる仕事をしたいなと考えました。まず学校の美術の先生が思い浮かびますが、私は学校が苦手だったので別の選択肢を考え、最終的に子どもの頃から大好きな美術館で働きたいと思いつきました。学芸員になれば美術館で働けるので、それを目指したわけです。当時は学芸員がどんな仕事かもわかっていませんでしたが、色々調べていくうちに益々美術館に興味を持つようになりました。

特にその頃、美術館ではワークショップという名前で教育普及活動が行われ始めた時期で、いわゆる技術講座とは違った新しいアートとのかかわり方が注目されていました。そこに可能性を感じ、実技ができることもあって、東京の色々な美術館のプログラムにアルバイトで参加していました。参加してくれた子どもたちやアーティストと一緒にモノやコトを作ったり鑑賞をしたりして、今でいうファシリテーターの経験を積んだんです。

大学院在学中、NYのMoMAでアメリア・アレナスの対話鑑賞のワークショップを受けに行ったことも大きかったですね。他者と話すことで鑑賞が深くなり、世界が広がっていく楽しさに、これを美術館でやっていきたいと強く思ったものです。今に至るまで、当時の経験は深く刻まれています。

私の興味は、アートを多くの人に楽しんでもらうために必要な手助けとして、教育普及活動をする、ということに一貫していたと思います。縁あって、島根県の県立美術館に就職しましたが、当時は教育普及専門の学芸員を雇うことはまだ少なかったので、教育普及ではなく展覧会担当の学芸員として日本の近代美術を担当していました。今まで、展覧会も教育普及もずっと並行して担当しています。美術館でやることは、全て教育普及的な意味合いを持っていると思っているので、どちらも大事だと思っていますね。

真住さんが特に興味のある分野は何ですか?

自分が日本人なので、美術史では日本人が作ったものの方がより理解できるというのはありますね。西洋美術も大好きですし、聖書や神話を勉強したりして通り一遍は分かるのですが、実際にその環境で暮らしている訳ではないので、理屈抜きに体感として理解できている訳ではないなと思うことがあります。だからと言って日本で屏風のある暮らしなんてしてないですが(笑)、やはり何か通じるものがあるので、日本人が作り出したものの方がちゃんと理解できるだろうと思っています。

なので、自分が油絵を描いていたというのもありますが、近現代の日本美術に親近感を覚えますね。日本人というアイデンティティの中に、はじめて油絵が入ってきたときの葛藤のようなものが、自分の実体験と相まって共感するところがあり面白いです。島根にいたときは、そういった自分の興味のある分野の展覧会もやりました。

ただ、ワークショップで扱うという観点で言えば、現代美術のような、作家と直接ふれあえるアートがいいと思います。作家の問題意識も今現在に根ざしている場合が多いので、子どもたちの柔軟な吸収力や共感力が発揮されますし、大人も自分事として捉えられるので、プログラムの効果も高いです。

今までお仕事をされてきた中で、一番印象に残っていることは何ですか?

ミャンマーとタイで、マンガやアニメの展覧会をしたことがあるのですが、そのときに行った展覧会準備とワークショップが印象に残っています。ワークショップの内容自体は簡単なもので、ゾートロープ(回転覗き絵)を作るキットを使って制作するものだったのですが、例として完成見本を見せると、多くの人が見本を写し出してしまったんです。「自由に描いていいんだよ」と当館スタッフもかなり促してくれたんですが、「自由に描いていい」と言われていることの意味が分からない様子でした。これは展示作業を手伝ってくれたミャンマーの大人達にも感じたことですが、みんな能力は非常に高いのに、自発的、能動的に動く事が習慣づけられていない。リーダーの指示がないと動かないのです。

ミャンマーでは暗記の教育が多かったことや、軍事政権が長かったこともあり、「リーダーのいうことを聞く」という暗黙のルールが根底にあり、自分で考えて行動してはいけないというような気配を感じました。そういうお国柄のせいか、自分の好きなものを好きなように描くという創造性みたいなものが出にくい状況が、ワークショップを通して透けて見えたんです。

一方、タイの人々は日本と大差なかったですね。自然と好きなように描きました。タイとミャンマーは隣の国ですが、国が違うと教育も文化も違うことを改めて実感しました。そして、人間は、本来自由で平等だとしても、それを自覚して獲得しなければ、自由な創造性は身につかないと気づいたことが非常に印象に残っています。

ワークショップを通して、よりミャンマーのことがわかりましたし、色々考えさせられました。同じワークショップを国別にいろいろなところでやったら、きっとそれぞれに違いが出てきて面白いのだろうなと思っています。

※ミャンマーで行われたワークショップと同国の教育制度について は、吉澤菜摘「ミャンマーの若者たちと教育制度―国立博物館での ワークショップを終えて」『NACT Review 国立新美術館研究紀要 第3号』(国立新美術館、2016年)で詳述されています。

写真1

写真2

△ミャンマーでのワークショップの様子

島根での活動で印象に残っていることはありますか?

東京生まれ東京育ち、地方に縁がなく育ったので、何もかもが新鮮でした。14年間島根県にお世話になっていたのですが、中でも最後の4年間は人口が五万人しかいない益田市の島根県立石見美術館にいたので、人口の多い都会と過疎化の町の子供の違いに触れる事ができて良かったですね。

他者との関係において、距離感や価値観が違うところがあるんです。中山間地の小規模校だと、上級生から下級生まで全員揃って(それでも十人ちょっとしかいなかったりしますが)美術館に来館してくれるのですが、上級生が一年生の面倒を自然に見てくれるんです。上級生は小さな子が何をしたいのか察するように行動し、兄弟みたいでしたね。一方、都会の子供たちは、大人数のクラスの中で、自分の立ち位置を確認して行動するようなところがあるので、結果的に言語化する能力が高くなっているように感じます。

どちらも環境によって学ぶ力点が異なり、生きるのに身近で必要な能力から身につけているのではないかと思いました。両方の子を見る機会を得られたということが、仕事をする上ですごく役に立っています。

ワークショップや対話鑑賞において地方の子と都会の子で反応が違うと感じたことはありますか?

元来子供が持っている子供らしさは同じだと思います。対話鑑賞は、作品を見て思ったことを言語化しながら進みますが、先程言ったように、言葉にする能力は都会の子の方が高いことが多い。ですが、子供がそれまでの人生で体験した以上の言葉や知識は出てきませんから、山の中で育った子が経験していることと、ビルの中で育った子の経験には違いがあり、出てくる言葉や知識、表現が違うのは当然ですよね。その意味でも、作品を深く読み解いていく過程で表現される傾向の違いは興味深いです。ただ、表にでてくる傾向が違っていても、鑑賞が深まるという結果において違いはありません。というより、違いの出るような結果を招いたら、それは大人の責任でしょう。

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△こどもたんけんツアーの様子

最後に美術館の仕事に興味を持つ学生に向けて一言お願いします!

若いうちに何でもやってください!私は学生の頃からやりたいことがはっきりしていたのですが、逆にそのことで狭い経験しかしてないとも言えます。皆さんにはやりたい事がまだはっきりしない人もいると思いますが、案ずるより産むがやすしというように、いろんなことをやっていく中で自分が見えてくると思います。いろんな体験をして、やりたい事のヒントを見つけてもらえたらと思います。若いうちは恥をかき、失敗したとしても、いくらでも取り戻せるので、興味があることには怖がらず果敢に挑戦していってください。そういった挑戦の一つとして新美のインターン活動に興味を持ってくれる人がいたら、こちらも期待に応えられるように頑張りたいと思います!

【インタビュアー・編集】
石井まどか
2020年度教育普及室インターン生。慶應義塾大学美学美術史専攻4年(当時)。
学芸員資格取得中。好きな企画展は「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」(2020年)展。

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